そこにいたのに、そこにいない。
そんな時間を過ごしたことはありませんか。
体は、確かにそこにいた。
誰かと話をしている。
食事をしている。
同じ景色を見ている。
でも、心はそこにいない。
明日のことを考えていたり、
終わったことを悔やんでいたり、
頭の中で別のことを考えていたりする。
そのときは、それが特別なことだとは思いません。
毎日は普通に過ぎていきます。
けれど、何年か経って、その頃のことを振り返ったとき、
「私、あのとき何をしていたんだろう」
と思うほど、何も覚えていないことがあります。
そこにいたという事実はあるのに、
そこにいたという実感が残っていない。
そこにいたという事実さえ、記憶の中から消えている。
私には、そんな時間があります。
今振り返れば、本当はとても大切な時間だったはずなのに、
不思議なくらい、その頃のことを覚えていません。
思い出せないのです。
そこには、確かに私もいたのです。
でもきっと、心はずっと遠くを見ていた。
目の前にあるものではなく、
過ぎたことや、これからのこと、
自分の中に抱えていた何かに、心を奪われていたのだと思います。
そして時間が経って、過去を振り返った時、気づきました。
大切な時間は、そこにいるだけでは、自分の中に残らない。
白紙のままの記憶が残る。
「今を大切にする」
よく聞く言葉です。
でも、今を大切にするとは、いったいどういうことなのでしょう。
過去を振り返らないことでも、
未来のことを考えないことでもないと思います。
目の前にいる人の声を、ちゃんと聞く。
食べているものを味わう。
きれいだと思った景色を、ちゃんと見る。
嬉しいときには嬉しいと感じ、
悲しいときには悲しいと感じる。
そんな何気ない一つひとつの瞬間に、体だけではなく、心もそこにいること。
その瞬間を、心の中に一つひとつ描いて残していく。
それが、「今を大切にする」ということなのかもしれません。
過ぎてしまった時間は、戻すことができません。
だからといって、
「あの時間をもっと大切にすればよかった」と、
過去の自分を責めても、その時間が戻ってくるわけではありません。
大切なのは、そこから何に気づくか。
これから出会う人。
これから見る景色。
これから誰かと過ごす時間。
そのとき私は、体だけではなく、
心もちゃんと、そこにいたい。
人生は、ただ時間が過ぎていくことではなく、
「私は確かに、そこにいた」
そう感じられる瞬間の積み重ねなのかもしれません。
だから、ときどき自分に問いかけてみたいと思います。
「今日、私はちゃんと、ここにいるだろうか。」と…
今日も、温かい眼差しで…。


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